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名古屋高等裁判所 昭和58年(行コ)14号 判決

控訴人(一審被告) 伊藤光好

右訴訟代理人弁護士 土川修三

同 大塩量明

同 南谷幸久

同 南谷信子

被控訴人(一審原告) 大橋山治

〈ほか三名〉

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士 水谷博昭

同 平野博史

同 在間正史

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする。

事実

控訴人は、本案前の申立として、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人らの訴を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、本案の申立として、主文同旨の判決を求め、被控訴人らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し原判決九丁裏七行目および一三丁裏八行目に各「一項」とあるのをいずれも「二項」と訂正する。)。

(控訴人の主張)

一  地方自治法(以下、単に「法」という。)二四三条の二の定める職員の賠償責任については、法二四二条・二四二条の二の適用がないことについて

被控訴人らの本件請求は、控訴人が訴外組合の管理者としてした経費の支出命令が違法な公金の支出であるとして、訴外組合に代位して、控訴人に対し損害の賠償を請求するというものであるが、このような賠償責任は、法二四三条の二所定の手続によってのみ実現され、法二四二条の二第一項四号の住民訴訟に基づいて請求することはできないものというべきである。けだし、法二九二条により、本件の如き一部事務組合にも準用があるものと解される法二四三条の二は、普通地方公共団体の長その他の出納職員、予算執行職員等一定の職員のした支出負担行為、支出命令等一定の行為につき、その職務ないし行為の特殊性に鑑み、たとえそれが違法なものであった場合でも、故意又は重大な過失がなければ賠償責任を負わず、まず長が監査委員に対しその責任の有無及び賠償額の決定を求め、その決定に基づき賠償を命ずる等種々の特則を設け、この「職員の賠償責任については、賠償責任に関する民法の規定は、これを適用しない。」(第九項)旨定めている。これは、かかる職員の賠償責任を私法上の債務不履行又は不法行為による損害賠償責任とは別の公法上の特殊責任としたものである。従って、同条の適用がある場合には、職員の賠償責任の存否、範囲も同条所定の賠償命令をまって初めて確定されて具体的義務となるのであって、その責任の実現はもっぱら自己完結的な同条所定の手続によることが期待されているのであるから、かかる場合に住民訴訟の手続によることは許されないものと解される。よって本件訴は不適法である。

二  本案について

1  原判決添付別表三の進行番号1の金員支出は、当時海津町では町史を編さん中で、その治水関係の資料収集につき、かねて建設省中部地方建設局木曽川下流工事事務所に協力を依頼していた関係で、昭和五三年一〇月三一日同事務所関係者八名と海津町からは町長、建設課長、企画課長が参集して会合が持たれたが、その後食事を共にした。右は、その費用に充てられたもので、本来海津町の一般会計から支出されるべきところ、誤って訴外組合から支出し、後これに気づいたので、昭和五四年四月二日会計更正の手続を講じ、海津町の一般会計の支出へ振替え実施ずみである。

2  同進行番号4、5の金員支出は、昭和五四年二月二六日、建設省中部地方建設局河川部長や同建設局木曽川下流工事事務所長らが訴外組合管内の堤防巡視を行った際のもので、長良川河口堰設置計画に伴う長良川の堤防強化計画、ことに塩水遡上に対する諸方策、河川しゅんせつにより堤防の被る諸影響の検討等は当時訴外組合のかかえていた最大の問題であった。このために、訴外組合では国、県の担当者らとも頻々に会合を開く必要があったのであり、その効果を十全ならしめるために互に食事を共にするなどして意思の疎通をはかることも必要であった。なお、訴外組合は長良川河口堰の建設に一方的な反対の立場こそとらなかったが、治水の安全の確保その他地域の利益を擁護するために必要な要望は、国、県等に対し文書等をもって公然と要望してきたのであり、被控訴人らが主張するような公然とはできない要望を非公開の席でしていたような事実はない。

しかして、同日の夕食会の出席者は、中部地建側四名、訴外組合側七名の計一一名で、これに要した費用一八万九二七一円の内訳は次のとおりである。

料理代 八万二五〇〇円(七五〇〇円×一一名)

飲物料 二万一六〇〇円(四〇〇円×五四本)

芸妓料 三万二〇〇〇円

(芸妓三名。なお、甲第三九号証の二にある「花代二四」というのは、右芸妓三名の花代の数字である。)。

運転手食事代 六〇〇〇円(二〇〇〇円×三名)

奉仕料 一万六五一五円

料理飲食等消費税 一万五八六一円

車代その他立替 一万四七九五円

以上合計 一八万九二七一円

また進行番号5の一万三六〇〇円は、このとき地建側四名に贈った土産品(メロン)の代金である。

訴外組合にとって最重要な治水行政に関連を持つ上級行政機関の高級公務員に対する接待として右程度のことを行うのが、一般に接待としての儀礼の範囲を著しく逸脱したものとは到底考えられない。

(被控訴人らの主張)

一  本訴の適法性について

控訴人は本件支出命令には法二四三条の二の規定の適用があるから法二四二条の二による請求は許されない旨主張するが、そもそも地方公共団体の長の行為には法二四三条の二の適用がないから、右主張はあたらない。法二四三条の二は出納長、収入役等一定の「職員」の損害賠償責任について規定したものであるが、右職員に長の含まれないことは、法が二四二条一項各号にみるように長とその他の職員を通常使い分けていること、長には法二四三条の二のような限定された特殊の責任規定を置く必要がないこと、長が長たる職にある自己に対して同条三項所定の賠償命令をなすが如きは通常期待できず、理論的にも背理であることなどから明らかである。

仮に長につき法二四三条の二の適用があるとしても、そのことから直ちに法二四二条の二による住民訴訟が許されないと解すべきではない。そうでないと、客観的に長が普通地方公共団体に損害をかけながら、主観的に長がそのように考えないような場合には、長の賠償命令の発せられる筈もないから、是正の道は遂にないことになるが、住民訴訟は正に「(このような地方公共団体内部の判断と)住民の判断とが相反し対立する場合に、住民が自らの手により違法の防止又は是正をはかることができる点に、制度本来の意義がある。」(最判昭和五三年三月三〇日・民集三二巻二号四八五頁)のである。そこで、少なくとも長には法二四三条の二のうち第三項は適用がなく、同項は住民訴訟を妨げるものではないと解すべきである。すなわち、同項は、職員が同条一項の行為により地方公共団体に損害を与えたとき、長が職員に対する監督権に基づき賠償命令を発する場合の規定であって、長たる職にある自己に対してなすことは法論理上ありえず、また、そもそも住民が住民監査請求・住民訴訟によって同条一項の責任を追及する場合には適用されない規定である。よって住民は、同条三項に関係なく、同条一項によって発生した損害賠償義務を住民訴訟によって追及することができる。

そこで被控訴人らは、まず法二四三条の二の規定は長に適用されないとの見地に立って民法六四四条、四一五条ないし七〇九条、予備的に法二四三条の二第一項の各法条により控訴人の負担すべき損害賠償義務を訴外組合に代位して法二四二条の二第一項四号により訴求しているのである。

二  本案について

1  原判決添付別表三進行番号1の金員支出について控訴人の主張する会計更正の事実は、事実を隠蔽するため単に関係書類を改ざんしたに過ぎない。昭和五三年一〇月三一日の会合が控訴人主張のような趣旨のものでなかったことは原審証人菱田清隆の証言によって明らかである。

2  同進行番号4、5の金員支出について控訴人は種々その必要性妥当性をいうが、当時の訴外組合の置かれている立場からすれば、夜間芸妓を伴い宴席を設け更に土産品まで贈って国の役人を接待する必要は何らなかったものである。すなわち、長良川河口堰は訴外組合の地域にとっては被害のみをもたらすもので、だからこそ右事業計画においても長良川の水位変化による内水等の影響について十分配慮するとされ、岐阜県知事と水資源開発公団との協定においても長良川河口堰の本体工事の着手に当たっては高須輪中住民の了解を必要とするとされていたのである。したがって長良川河口堰の設置については、訴外組合は陳情される側にこそあれ、陳情する立場にはなく、当時の住民の関心ももっぱら河口堰は果たして必要か、これにより高須輪中に水害の危険を増大させないかにあったのであるから、訴外組合の尽くすべきはむしろこの面での討議であった。しかるに、訴外組合はこれをなさず、本件で問題の接待も、当時別途計画中の県営ほ場整備事業の地元負担金を軽減するため、長良川河口堰事業に伴って水資源開発公団から出される高須輪中の排水対策工事費、排水管理費用等を水増ししてもらうことを企図してなされたもので、不当な目的をもつものであった。なお、支出した費用の内訳が控訴人主張のとおりであることは、その中に立替とあること、芸妓三名とあることを除いて認めるが、いずれにしても不相当に高額な出費であり、住民の行政に対する信頼を失う不公正な公費の乱費にあたる。

(新たな証拠)《省略》

理由

一  一部事務組合の事務に関する住民訴訟の適否について

本件の高須輪中水防事務組合の如き一部事務組合も、土地改良区などの公共組合と異なり、地方公共団体の一つであり、法二九二条により、組合の種類に応じ都道府県、市あるいは町村に関する規定が、法律又はこれに基づく政令に別段の定めのない限り準用されるところ、法二四二条、二四二条の二の各規定が一部事務組合に対して準用されない旨の特別の規定は存しない。控訴人は一部事務組合には住民の観念がないから法二四二条、二四二条の二の準用の余地はない旨主張するが、右二四二条の二等の「住民」を当該組合を構成する普通地方公共団体の住民と読み替えて準用することが可能であり、一部事務組合の処理する事務が本来的には当該組合を構成する普通地方公共団体の事務にほかならないこと、一部事務組合の経費の殆んどが、制度上又は一部事務組合の性質上当然に、これを構成する普通地方公共団体において分担されることになろうこと、普通地方公共団体の職員による違法、不当な財務行為を防止し、住民全体の利益を確保せんとする法二四二条、二四二条の二の立法趣旨は一部事務組合の職員の違法、不当な財務行為に対しても妥当すること等からみて、一部事務組合の機関又は職員の違法な公金支出行為等に対しては、該組合を構成する普通地方公共団体の住民が法二四二条、二四二条の二に依拠していわゆる住民訴訟を提起しうるものと解するのが相当である。因みに、行政解釈(昭和四五年七月一四日自治行第四四号山梨県総務部長宛行政課長回答)も一部事務組合に法二四二条の準用を認めている。

二  本件訴(法二四二条の二による住民訴訟)と法二四三条の二の関係について

本件支出命令が、控訴人が訴外組合の長としてしたものであることは当事者間に争いがない。

そこでまず、右支出命令について、法二九二条により訴外組合にも準用される法二四三条の二の適用があるか否かについて考えるに、右支出命令は同条一項二号所定の「第二百三十二条の四第一項の命令」にあたる。右二三二条の四第一項の命令をなすものが本来長であるところから、法二四三条の二第一項柱書後段の「職員」は長を含むと解さざるをえない。被控訴人らは法が長と職員とを別個の用語としているとして、法二四三条の二第一項柱書後段の「職員」には長が含まれない旨解すべきであると主張するが、被控訴人らの請求自体、法二四二条の二第一項四号の「当該職員」が長を含むとの解釈に立脚してなされているように、法の使用するこの用語の区別は必ずしも絶対的なものではない。

ところで法二四三条の二第一項は、そこに掲げられた一定の職員の職務の特殊性にかんがみ、その賠償責任を原則として故意または重大な過失のある場合に限ったもので、その限度で民法の特別法であると解すべきであり、同条の第九項も「第一項の規定によって損害を賠償しなければならない場合においては、同項の職員の賠償責任については、賠償責任に関する民法の規定は、これを適用しない。」として、これを明らかにしている。

しかしながら、このことは、当然に同条一項所定の長を含む職員の賠償責任が、手続的にも常に同条三項以下の賠償命令の手続のみによるべきで、他の住民訴訟等の方法によることはできないとの結論を導くものではない。右のような解釈は、特に損害賠償の義務を負う者が長個人である場合、同条三項の長の長に対する賠償命令は理論的にはありえても実際上は殆んど期待しえないから、長の違法な公金支出に対しては是正の道を閉ざしてしまうおそれがある。このことは、長の賠償命令を怠る事実の違法確認(法二四二条の二第一項三号)の住民訴訟ができるとしても殆んど同じで、住民訴訟の効用の大半を減殺するものである。もともと法二四二条の二と法二四三条の二とは、そのよって立つ制度の趣旨、目的を異にしている。しかも、右両法条は同一法のもとにある。このような場合の各法条の解釈にあたっては、双方の制度の趣旨ができるだけ活かされる方向での調節的解釈が考えられるべきである。このような立場に立って考えるならば、法二四三条の二第一項に該当するときは、地方公共団体の職員に対する賠償請求権が発生するが、これを実現する手続は同条三項以下の規定によることのみがその唯一の方法なのではない、同条三項以下の賠償命令の制度は簡易迅速な内部的処理を実現するために設けられた特則であって、この規定があるからといって、地方公共団体が直接右第一項に基づいて損害賠償を訴求すること、従って住民が法二四二条の二第一項四号に基づいてこの権利を代位行使することが排除されるものではないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、住民である被控訴人らは、地方公共団体たる訴外組合の長である控訴人につき、違法な公金支出行為があると主張するのであるから、被控訴人らは、法二四三条の二第三項以下の賠償命令の手続の実施を俟つことなく、直ちに法二四二条の二第一項四号により控訴人に対し、訴外組合の有する損害賠償請求権を代位行使しうるものというべく、従って本件訴は適法であるが、ただ、右損害賠償請求権は、民法の規定によって生ずるものではなく、その特別法である法二四三条の二第一項の規定によって生ずるものであるから、本件の如くそれが長の支出命令に関するものであるときには、同命令が違法であることの外、控訴人について故意又は重過失の存することが必要である。

そこで、この見地から、以下、本件支出行為の当否をみることとする。

三  原判決添付別表三進行番号1の金員支出行為について

控訴人が昭和五三年一二月九日訴外組合の会計予算から原判決添付別表三進行番号1記載の支出負担行為につき支出命令を発し、その頃訴外組合から右に対応する公金二四万〇八九一円の支出があったことは、当事者間に争いがない。

しかし、《証拠省略》によれば、控訴人は、当時訴外組合を組織する地方公共団体の一つである岐阜県海津郡海津町の町長で、訴外組合の管理者を兼ねていたものであるが、訴外組合はその事務所を右海津町の役場に置き、収入役などの職員も少なからず同一の職員が海津町と訴外組合の双方の事務を兼務していたこと、右番号1の金員の支出は、控訴人らが昭和五三年一〇月三一日建設省中部地方建設局木曽川下流工事事務所の者八名と当時海津町において編さん中であった町史の資料収集等の問題について話し合った機会に酒食を共にした際の饗応費に充てられたものであるが、控訴人はこれを右の如く訴外組合の会計予算からひとまず支出せしめたものの、後に右会合の趣旨からすると右支出は海津町の一般会計予算から支出されるべきもので、訴外組合の会計予算から支出させたのは誤りであったことを認識するに至り、昭和五四年四月二日これを是正するため会計更正の手続を講じ、「町史資料研究集めに対する慰労」の名義で海津町の一般会計予算((款)・商工観光費→(項)・商工観光費→(目)・企画費→(節)・負担金・補助金及び交付金)からの支出になるように支出命令書その他関係帳簿を訂正整理させたことが明らかである。そうして、その結果現実に右金二四万〇八九一円が海津町の一般会計のほうから訴外組合に補填されたことが、被控訴人らの監査請求に基づき訴外組合の監査委員らが昭和五四年一〇月五日訴外組合の昭和五三年度予算金の使途残金等を調査した結果(甲第一号証)からも推認されるのである。

はたして然らば、先になされた訴外組合の会計予算からの支出はその後適法に会計更正され補填されたものというべく、《証拠省略》よりして認められる、海津町史六冊の編さんが完結したのは昭和五九年であって、その中治水関係の記述があらわれるのは同年三月に出版された最後の巻においてであること、右町史の監修者、執筆者らで昭和五三年一〇月三一日の会合に出席した者はなく、かえって訴外組合の議会議員であった菱田清隆が自分も会合に出席したように思うと述べているなどの事実は、格別この結論に消長を及ぼすものではない。

そうすると、訴外組合に財政上の損害の発生していることを前提とする被控訴人らの請求は、その余の判断に立ち入るまでもなく、理由がないというべきである。

四  原判決添付別表三進行番号4、5の金員支出行為について

本件の請求原因1の事実及び同2のうち控訴人が昭和五四年三月二六日訴外組合の会計予算((款)・総務費→(項)・総務管理費→(目)・一般管理費→(節)・負担金、補助金及び交付金)から原判決添付別表三進行番号4、5記載の各支出負担行為につき支出命令を発し、その頃訴外組合から右に対応する公金合計二〇万二八七一円の支払があったこと、右二〇万二八七一円の内訳明細が、その主張中に芸妓三名、立替とあるのを除けば控訴人主張のとおりであることは当事者間に争いがない。

右争いのない事実と、《証拠省略》を総合し、弁論の全趣旨を参酌すれば、次の各事実が認められる。

1  訴外組合は、岐阜県海津郡海津町と同郡平田町の両町が長良川右岸と揖斐川左岸の水防等に関する事務を共同処理するため、両町のうち堤外地を除いた区域を水防を行う区域として設けられた水防事務組合であるが、昭和四三年一〇月、国が木曽川水系における水資源開発基本計画の一環として長良川河口に長良川河口堰を設置する事業に着手することを公表して以来、右事業が実施されると長良川の水位変化や塩水のそ上に伴う地下水や堤防に及ぼす影響など種々の問題が予想されるところから、右区域内の町民の不安も大きく、堤防の強化や漏水対策に万全を期することを要請するなど、訴外組合が建設省や岐阜県など関係官庁に働きかけ、これら諸機関と共同して対処していかなければならない問題が山積するに至った。このため昭和五二年以降特にこれら諸官庁に対する陳情、関係者との協議など相互の往来がひんぱんになっていた。

2  昭和五四年二月二六日、建設省中部地方建設局河川部長、同木曽川下流工事事務所長ら四名が海津、平田両町を訪ずれ、訴外組合の区域内の堤防等を視察した。訴外組合の管理者である控訴人ほか副管理者、議会副議長ら七名の組合幹部は、右視察終了後、視察に訪ずれた四名を岐阜県養老町養老の料亭「千歳楼」に案内し、労をねぎらいながら酒食の接待をしたうえ、手土産として一人三四〇〇円相当の品物(メロン二個)を進呈した。なお右酒食の席には芸妓三名を呼んだ。その費用は、右手土産を除き、料理、酒、花代等合計一八万九二七一円で、その明細は控訴人主張のとおり(但し、その主張中「車代その他立替一万四七九五円」とあるのは、車代のほか、たばこ、せんべい、豆などの代金である。)であった。原判決添付別表三進行番号4、5の支出命令は、右各支払に充てるために発せられたものである。

3  訴外組合の歳入歳出予算は、補正予算を除き例年二月ごろ議会の承認決議を経て成立するが、その歳出予算科目のうち、(款)・総務費→(項)・総務管理費→(目)・一般管理費→(節)・負担金、補助金及び交付金中に、前記の如く昭和五〇年代に入って急激に多くなってきた長良川、揖斐川の水防、堤防強化等の事務に関する諸会議、打合せ等の費用を建設省、岐阜県ら上級官庁の公務員との折衝、接待費等をも含めてあらかじめ予算計上の措置を講じ、議会においても管理者側からその旨説明のあったうえで可決、承認されてきた。昭和五三年度の予算についてもその例にもれない。そこで、控訴人が右接待費を右予算項目から支出せしめた手続自体には格別の問題がない。

かように認められ、右認定を妨げるに足る証拠はない。被控訴人らは右接待が不正の意図をもってなされたかの如く主張するが、そのような事情は本件全証拠をもってしても認めることができず、訴外組合が長良川河口堰設置事業につき賛成、反対いかなる態度をとりいかに対応するかは、訴外組合内部の政策決定の問題であって本件には関係がない。

ところで、地方公共団体も一個の社会的実在として外来者に対し、社会通念上相当と認められる範囲の接待をなすことの許されることは言うまでもないところであり、且つ、いつ、いかなる程度・内容の接待をするかは、本来費用の支出権限を有する長等の自由裁量に委ねられているのであるから、接待の相手が公務で出張してきた公務員であったとしても、それを直ちに違法視することのできないことも言うをまたないところである。殊に本件においては、長良川河口堰の問題に関し当時訴外組合には建設省ら上級官庁と普段にまして遙かに多く接触し意思を疎通し合わなければならない関係にあったこと上記認定のとおりである。しかし他方、そのような接待費も結局海津、平田両町民の公租公課により賄われるものであること、訴外組合という地方公共団体の存立目的、相手が公務出張中の公務員であること等から当然、その支出は社会通念上著しく妥当性を欠くものであってはならない。

これを、上記認定の各事実に照らすと、控訴人が支出行為をした金員は、会食代が一人当たりにして一万七二〇六円となること、右会食には芸妓を伴っており、右代金にはその花代も含まれていること、更に客四名には一人当たり三四〇〇円の土産が手渡されているのであり、右客が公務出張中の公務員であること、かかる上級官庁職員の地方出張に際しての接待については、かねて昭和四三年二月に自治事務次官名で自粛を促す通達が発せられていることを考え、これに訴外組合の存立目的や規模等を併せ考えると、右支出には、これを肯認し難い面のあることは否定しえないところである。

しかしながら、本件昭和五四年頃の一般物価状況、右芸妓が(原判決認定のように二四名ではなく)三名であったこと、当時訴外組合が上級官庁との意思疎通を特に図るべき情勢に置かれていたこと、その接待費については予め予算に計上して議会の承認を得ていたこと、並びに本件各証拠上控訴人には当時公費濫費の形跡の認められないこと等の諸事情をも総合考量すると、控訴人の右支出行為をもって、未だ直ちに社会通念上著しく妥当性を欠くとまでは断言し難いところであり、仮にそれが客観的に違法と評価されるべきものであったとしても、右の諸事情を併せ考えると、当時控訴人がこれにつき故意又は重大な過失によってその職務上の注意義務に違反したとまで見ることはできない。

よって、控訴人は、右支出行為について損害賠償の義務を負わないから、被控訴人らの請求は失当である。

四  結論

以上の次第であって、被控訴人らの請求はすべて理由がないから、控訴人の控訴に基づき、原判決中控訴人敗訴の部分を取り消して被控訴人らの請求を棄却し、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷卓男 裁判官 海老澤美廣 笹本淳子)

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